天下一浮かれの日本史(室町時代)2011/09/06 23:03

父:おい、あいつ、どこいった?
店長:あいつて、作嗣さんですか?
父:せや。
店長:朝出て行ったきりで、まだ帰ってきてません。
父:"なに? もう大概、陽も傾いてきたで。いや、分かっとる。またライブハウスに行っとるんやろ。ヒップホップとやらにいれこんどるが、あんな好きな奴はおらんな。うちも若いもん相手の衣料販売を代々やっとるんや、お客さんと話があわんではいかんよってに、行くなとは言わんわい。行くなとは言わんが、ありゃ行きすぎや。こないだも、あんまり見かねたんで、「これ、お前えらい精が出るが、いったい月にどのくらいかようとるんや」と訊いてやったら、あいつ、なんて言うたと思う? 「月に三日は休んでます」とこないぬかしよった。ミュージシャンよりよけ出入りしとんねんで。  あいつもまだ学校に行ってるんやから、普段の日にまで無理して仕事を手伝えとは言わんわい。まずは勉強してもらはななんよってに。しかしあいつは帰ってきて教科書ひとつ開いたことがない。それに、今日は日曜やで。日曜日くらいは手伝うて仕事を覚えても罰は当たらんのとちゃくか、え。女房が死んでから、男手一つで育ててきたが、それもこれもあいつにいずれは店を任せたいからや。お前さんはほんまにようやってくれとる。あいつにあんたの十分の一でも、気がありゃあ、それでええんやがなあ。わしゃ、あいつが帰って来たら、奥でちょと話をさしてもらう。お前さんは、店の方頼むわ。え、分かってる分かってる。頭ごなしにはいかんわい。 なんや、表の方が騒がしいが。なに? 作嗣が、なにやら飛び跳ねて歌いながら帰ってくる? "
作嗣:あぁ、ウナギ屋か、ええニオイやなぁ。♪身体(からだ)焦がすよ、真夏の太陽。お腹すいたよ、ウナギ食べたいよう。♪
父:道々やってくさる。これ、作嗣!
作嗣:あぁ、親父、ただいま。
父:ただいまやないで。ちょっと、奥へこい。さぁ、そこへ座れ。えぇ、今まで、どこにいっとたんや。どこにいっとったと訊いてんねや!
作嗣:♪今日も通う、器用に歌う。心震えるライブハウス、怒る親父頭毛薄。♪
父:やかましわい。おかしな節付けてと思たら、またやってくさる。お前みたいなんができたかと思うと、死んだあいつに申し訳ないわい。
作嗣:♪妻を思う、今も偲ぶ、恥ずかしい愛妻家、禿でデブで足も臭いか♪
父:お前という奴は。もう勘弁ならん!
店長:社長、あきません。作嗣さんにお店をとお考えやったら、商売人の顔に傷つけるようなことはあきません。作嗣さんには私の方からまた言うてみます。他人から言われた方が、よう身にしみるかもしれません。
父:ううーん、お前さんがそう言うんやったら、ここはおさめよ。作嗣、お前二階へ上がって、おとなししとけ。
店長:"さぁ。 作嗣さん。なんですねん、あれ。あんなん、そら社長かて怒りはりまっせ。"
作嗣:いやぁ、店長、すまなんだな。俺もあそこまでやるつもりやなかったんやけどな、帰ってくるなりガミガミやろ、つい、な。
店長:もう、そんなことはよろし。早う二階へ上がりなはれ。今は私が店長させてもろてますが、いずれは作嗣さんにやってもらいたいと、社長もそう思てはります。店を手伝えとは言いませんけど。こないだも、店に来てた同級生の女の子が噂してましたで。
作嗣:ええ、女の子が? どんな噂や。
店長:見かけは結構いけてるけどぉ、もうちょっとで落第らしいってぇ。そんなのパスよねぇ。
作嗣:気持ち悪いな、真似せんでええねん。しかし、もうそんな噂になってるんか。
店長:へ、もうって?
作嗣:ははは、今度歴史のテスト不合格やったら、落第や。
店長:作嗣さん
作嗣:わかってるがな。俺かて落第なんてことになったら、恥ずかして、友達とも遊ばれへんがな。まあ、今日は親父とあんたの顔も立てて、二階で勉強しとこか。
店長:そうしてもろたらなによりで。
作嗣:"あぁ、わかったわかった。 とは、いうたものの、歴史なぁ、しんきくさいなあ。けど、店長にも言うたけど、落第は恥ずかしいなぁ。しゃあないなあ、たまには教科書でも開いてみるか。――えぇと、今度の範囲は室町時代やったなあ。後醍醐天皇を吉野に追いやった足利尊氏は、北朝を立てて1338年に征夷大将軍となり、室町幕府を開いた、か。こんなもん、読んでも頭入らんなあ。"
【鳴り物】HIPHOP:
作嗣:あぁ、隣の大学生や。人の気もしらんと……。しかしなんやな、こう、身体が勝手に動いてくるなあ。――♪吉野に引くよ、後醍醐天皇。尊氏立てる京都に北朝。室町幕府開かれたならば、いちみさわがし(1338)、いざさんば(1338)♪――おおっ、なんや、これ、けっこうええ感じやな。ちょっと、この調子でやってみたろうか。京都の北朝と吉野の南朝が両立する南北朝時代が続いたが、三代将軍足利義満が、1392年に南北朝を合一した、か。――♪HeyHey YeYe 京の北朝、吉野南朝、三代足利将軍家光、南北合一いざ国統一(1392)。後小松に渡る三種の神器、後亀山のぞむ次の転機♪
父:やかまし奴や。静かにできんのか、あいつは。サダ、サダオ!
サダオ:はい!
父:お前、兄貴のとこいて、静かにせえ、言うてこい。
サダオ:はーい。【階段上る】兄ちゃん、親父が静かにせえって、兄ちゃん。もう、開けるで。うわぁ、一人で踊ってるわ。兄ちゃん。
作嗣:♪明の沿岸荒らす倭寇、許可を与えるそれが勘合。ともに守ろう自分の国益、はじめようよ(1404)日明貿易♪
サダオ:もう、全然聞いてないな。こうなったら。【ヒューマンビートボックス】
作嗣:おおぉ、サダやないか。器用やなぁ、お前ビートボックスできたんかいな。ちょうどよかった、いまひとつのれんで、困ってたんや。それ、やって盛り上げてくれ。
サダオ:なに言うてんねんな、親父かんかんやでぇ。ほな、【ヒューマンビートボックス】
作嗣:やんねやないかい。
♪HeyHey、義政悩む、心に悔やむ。譲りたいのは義視、それは兄弟のよしみ。富子が生んだ義尚、幼いこの子のかわいさ。義視の肩持つ細川勝元、山名持豊は義尚の元。ひとよむなしい(1467)応仁の乱、散らばる文化百花繚乱。♪
サダオ:【ヒューマンビートボックス】
父:えらいやつあげてもうたぁ。
作嗣:♪いっしょにやろう(1428)、徳政勝ち取ろう、近江馬借の蜂起、正長の土一揆。――♪heyhey 山城の国一揆、国人の力発揮。畠山氏といっしょはごめん(1485)だ、意思はいつも(1485)自治を選んだ。――♪Hey Ye ひとよでパッパ(1488)と富樫氏とバイバイ、百年間も本願寺が国を支配。一生やっぱり(1488)一向宗、終わらせた信長の石山強襲。♪――♪ポルトガル船流れ着く種子島、ザビエルが上陸したのは鹿児島、鉄砲で以後はよさんか(1543)一騎打ち、キリスト教いごよく(1549)広まる国のうち♪
サダオ:【ヒューマンビートボックス】うわ、にいちゃん乗り過ぎや、こっちきたら危ないって。
作嗣:♪桶狭間、これは無様。今川義元破る信長、以後群れなす(1560)織田の軍が。HeyHey♪
サダオ:危ない、あかんて。こっち階段やって。
作嗣:♪信長が将軍を追放、室町の幕府が滅亡。義昭は以後涙(1573)、それ信長の意向なんだ。♪
サダオ:あかんて、ああー。
【ドンドンドン】:
父:なんや、おちてきよったで。サダオやないか。ははぁん。さてはアホとHIPHOPとやらで跳ねてて階段落ちたな。
サダオ:いいえ、お尻で跳ねて(HipでHopして)落ちました。

年号根問〔歌根問〕鎌倉時代2011/07/02 11:53

喜六:こんにちは、こんにちは。
甚兵衛:おー、誰かと思たら、お前はんかいな。えらい久しぶりやないか。
喜六:へぇ、えらいご無沙汰で。ちょっと、最近は遊ぶとこ変えてまんねん。
甚兵衛:なんや、けったいなとこ行てんのとちぇうやろなぁ。
喜六:いえいえ。横町の歌の先生のとこに行てまんねん。
甚兵衛:歌の先生というと、あのタバコ屋の向かいの、目の下にほくろのある?
喜六:鼻の下に口のある。
甚兵衛:そりゃ、誰でもあるわい。ほう、あの先生のとこ行て、何をなろうとるんじゃ。長唄か、端唄か、都都逸か。
喜六:みそひともじ、いうやつで。
甚兵衛:なんやて、みそひと文字? 和歌、短歌か。こりゃまたえらい風雅なもんをなろとるんやな。
喜六:へぇ、けど、あんまり堅苦しいのはようわからんのですわ。とりあえず、細かいことは後から教えるさかいに、見たまま聞いたままを読んでみいと言われてまして。即句とかいうらしいんですわ。
甚兵衛:ほほう。それやったら、狂歌みたいなもんじゃな。
喜六:狂歌てなんでんねん。
甚兵衛:狂歌をしらんか。みそひと文字で、皮肉やらを交えて詠んだもんじゃ。「白河の清きに魚のすみかねて、もとの濁りの田沼こひしき」という有名なんがあるな。これは、昔、白河藩主松平定信が老中となって寛政の改革を行ったところ、その厳しさに、多少は裏もあったがその前の田沼意次の政治の方が良かった、と、まあ、そういう思いを詠んだもんやな。
喜六:へえへえ。ほなら、わたいのは見たまま狂歌、聞いたまま狂歌いうとこですわ。
甚兵衛:どんなもんでも、見たまま聞いたまま、そのまま詠むんかいな。
喜六:へぇ。
甚兵衛:ほぉ。それやったら、今日来たんは幸いや、いっぺんやってもらおか
喜六:何でもやりまっせ。
甚兵衛:あぁそおかぁ、ほな、ここに碁盤があるさかいに、これでどないや?
喜六:へえぇへぇ。「ご互いに」と。
甚兵衛:あぁ、なるほど「ご互いに」
喜六:「小石小石が打ち寄りて、今は互いに死のか生きよか」とはどないです?
甚兵衛:えらいお前、鮮やかやないか、こら下に置けんわ。
喜六:ほなまぁ、上へ上げてもらいますわ。
甚兵衛:ほな、ここに孫の教科書があるよってに、この中の文句でもいけるか?
喜六:こらまた難題でんなぁ、わたい勉強できまへんねんで。
甚兵衛:そないなこと、いばっていうことか。
喜六:ほなまあ、いっぺんやってみまひょか。
甚兵衛:そうか、ほならいくで。1192年、源頼朝が征夷大将軍になって鎌倉幕府を開いた、とあるが、どないや。
喜六:また、いきなり難しいでんな。んー、「頼朝が」
甚兵衛:あぁ、「頼朝が」
喜六:「大将軍となりまして、いいくにつくろう鎌倉幕府」と、どないです。
甚兵衛:なんや、そのままやなあ。もうひとひねり出来んか。今度は、1221年の承久の乱でどないや。後鳥羽上皇が鎌倉幕府を倒そうと兵をお挙げになったが敗れたという兵乱じゃ。
喜六:そんなん、わたいしりまへんがな。もう。えー、「上皇が」
甚兵衛:「上皇が」
喜六:「ひそかに幕府たおそうと、ひとにふいうち承久の乱」
甚兵衛:ほう、1221年を「ひとにふいうち」か。前の「ひそかに」とあわせたあるんやな。こらちょっとようできたあるやないか。下には置けんなあ。
喜六:そうでっか。ほな、二階へ上がろか。
甚兵衛:まあ、待ちぃな。まだあるんや。1232年、御成敗式目の制定。時の執権北条泰時が武士として初めて、法令をおつくりになった。年号が貞永やったんで、貞永式目ともいうな。これ、どないや。
喜六:甚兵衛はん、なんや段々ややこしなってまっせ。ほならぁ、「泰時の」
甚兵衛:「泰時の」
喜六:「初めて定めし御成敗、ひとにはみにくい貞永式目」とはどないです。
甚兵衛:おぉ、なかなかがんばったやないか。まあ、こら下には置けんはなあ。
喜六:ほなら、こんどは、大屋根へ上がろか。
甚兵衛:それやったら、猫じゃがな。ほな今度は二つまとめていこか。
喜六:甚兵衛はん、そらちょっとむちゃだっせ。
甚兵衛:まあ、ききぃな。鎌倉時代中ごろ、蒙古の軍が二度に渡って攻めてきたが、我が方は執権北条時宗の元、これを退けた。1274年の文永の役、1281年の弘安の役や。これをまとめて元寇という。どや、これ。
喜六:なぶりなはんなや、こんなもんできまへんで。
甚兵衛:でけんか。なんや口ほどにもない。
喜六:わかりましたがな。んー、「パンツなし、文永の役に敗れてや、パンツをはいて弘安の役」
甚兵衛:なんのこっちゃ、えらい下品やなあ。
喜六:履いてなかって負けたさかいに今度は履いてきよった。まあ、語呂あわせだけ入れましてん。
甚兵衛:語呂合わせ? ははぁ、1をむりやりパンとよんだか。まあ、ようがばんばったほうやろう。
喜六:そうだっか。ほなら、今度は下へ置かんと電信柱へ駆け登ろか?
甚兵衛:こらこら、そらえらい危ないがな。それに自分で下へ置かんと言うやつがあるかいな。次、1333年鎌倉幕府の滅亡、これどないや。
喜六:しりまへんで。どういうことか教えとくなはれな。
甚兵衛:それもそうじゃな。後醍醐天皇が幕府を倒せと仰せになり、足利尊氏、新田義貞が天皇に味方し、義貞がついに鎌倉を攻め落としたんじゃ。
喜六:ほなら、まあ、「鎌倉を」と、こういきまひょか。
甚兵衛:ほう、なるほど「鎌倉を」
喜六:「討てと後醍醐仰せられ、いちみさんざん幕府滅亡」と、どなだっか。
甚兵衛:こら、なかなかきれいにできたやないか。これこそ下へは置けんな。
喜六:ほな、富士山へでものぼりまひょか。
甚兵衛:どこまで行くねんな。まあ、ほなら次で終わりにしとこか。1334年の建武の新政。これは、幕府をお倒しになった後醍醐天皇が自ら政治を行われたことをいうんじゃが、一番功績のあった武士を軽んじたために、足利尊氏らに背かれて失敗におわったんじゃ。
喜六:「後醍醐が」
甚兵衛:ほう、「後醍醐が」
喜六:「鎌倉討ちし次の年、自ら行う建武の新政」
甚兵衛:何や、えらい手抜きじゃな。次の年てな言い草があるかいな。今まで折角語呂あわせを入れとったのに。
喜六:1333年の次やから、それでよろしいがな。
甚兵衛:そりゃまぁ、そうじゃがな。まあ、ここは「後醍醐の」とこういかんかいな。
喜六:へえ、「後醍醐の」
甚兵衛:「無理に尊氏耐えかねて、ひとりさみしい建武新政」と、どうじゃ。
喜六:へえぇ、さすが甚兵衛はん。先生でもなかなかこうはいきはへんで。けど、もう下に置いとかなしょうおまへんな。
甚兵衛:なんでや。
喜六:わたいが富士山まで行ったさかいに、もう、上がるとこおまへんで。
甚兵衛:何を言うとる。これがホンマの天へも上るちゅうやつじゃ。

年号根問〔川柳根問〕(黎明篇)2011/06/28 21:43

清八:こんにちは。
甚兵衛:おー、誰かと思たら、お前はんかいな。なんや、えらい長いこと、顔見せなんだやないか。
清八:へえ、最近ちょっと凝ったもんがおまして。そっちへ入りびたりで。
甚兵衛:なんや、酒か、女か、博打か。
清八:人を遊び人みたいに言いなはんな。これでも、わたいこの頃川柳に凝ってまんねん。
甚兵衛:なに、川柳? また粋(すい)なもんに凝っとるんやなぁ。
清八:前に甚兵衛はんが、女ごにもてるには、一 見栄、二 男、三 金、四 芸と教えてくれはったんで、見栄と男と金はちょっと難しいんで、芸でも出来たらと、こない思いまして。
甚兵衛:なんじゃ、動機が不純じゃな。しかし、まあ、多少はそういうつもりの方が、却って長続きするのかもしれんな。で、腕前のほうはどないじゃ。
清八:へぇ、先生にもなかなか筋がええと誉めてもろてますねん。
甚兵衛:ほう、そりゃ結構やないか。川柳の先生というと、あの横町の先生か。鼻の下にひげのある?
清八:へぇ、ひげの下に口のある。
甚兵衛:そりゃ当たり前じゃ。なぶってたらあかんで。で、どんな川柳を詠んだんじゃ。
清八:そうでんなあ。あ、こんなんがおました。「もてたいと」
甚兵衛:あぁ、「もてたいと」
清八:「思う奴ほど嫌われる」、くぅう。
甚兵衛:泣かいでもええがな。だいたい、その場で、すっと出てくるんかいな。
清八:へぇ、それはもう、そこが筋のええところで。
甚兵衛:ほんまかいな。ほなら、まあ、これを幸い、ちょっとやってもらおか。
清八:わかりました。で、お題はなんでやりましょ。
甚兵衛:そやなあ。あ、ここに孫の教科書がある。わしがこれをめくって、そこに出てきた文句で詠むちゅうのでどないや。
清八:何や、難しそうでんなぁ。まあ、よろしいわ。やってみまひょか。
甚兵衛:そうか、ほなら、これをこうパラパラっと。おっ、57年、委(わ)の奴国が漢から金印をもらう、とある。これどないや。
清八:なんだんねん、それ。
甚兵衛:知らんか。
清八:知りまへん。
甚兵衛:昔々、日本が委(わ)と呼ばれておったころ、その中の奴という国が、もろこしの漢という国に使いを送ったな。その時に、「漢委奴国王」という金印をもろうて帰ってきた。これが江戸時代に福岡は志賀島というところで見つかったんじゃ。どや、詠んでみい。
清八:むちゃだっせそれは。ううーん、「委(わ)の奴国」と。
甚兵衛:ほう、なるほど「委(わ)の奴国」と。
清八:「いつなん金印もろうたの」とは、どないです。
甚兵衛:「いつなん」て、お前はん、わしゃ、さっき57年やと言うたじゃろう。
清八:へえ、ですから、57年で「いつなん」と。
甚兵衛:なに? ははぁん、語呂合わせか、なかなか粋なことするやないか。
清八:へへへ、そこが筋のええところで。
甚兵衛:何べんも自分で言うな、自分で。
清八:自分で言わな、誰も言うてくれまへん。くぅう。
甚兵衛:泣きな、言うのに。難儀なやつじゃ。次、いってもええか。
清八:へぇ。
甚兵衛:239年、卑弥呼が魏に使いを送る。邪馬台国の女王・卑弥呼がもろこしの魏という国に使いを送ったな。その時に、「親魏倭王」の金印と、鏡をもろうたというな。これ、どうや。
清八:そうでんなあ、「ふみくれと、卑弥呼使いを魏に送る」と、これでどないです。
甚兵衛:あ、なるほど。こりゃなかなかきれいにできたやないか。お前はん、センスがええかもわからんな。
清八:いえ、わたいはもっぱら団扇ばっかり。
甚兵衛:せやないがな。筋がええというのをあちゃらのことばでいうたんやがな。
清八:へえ、せんすが筋だっか、わたいは骨やとばっかり。
甚兵衛:その扇子やない言うのに。あぁ、もう次いこか。538年仏教伝来とある。百済の聖明王の使いが、欽明天皇に釈迦如来像や経典などを献上した。これが我が邦の仏教の始まりとされるな。これ、詠んでみぃ。
清八:そうでんなぁ、「御仏に」とはどうです。
甚兵衛:あぁ、「御仏に」と。
清八:「はじめましてとご参拝」とは、どないです。
甚兵衛:ほぉう、これもうまいやないか。ようできたあるな。なんじゃ、こうきれいにいくと、こっちも嬉しなってくるな。どうじゃ、聖徳太子さんのなさったこと三つ続けて詠んでみようか。
清八:へぇ、わたいも調子が出てきました。
甚兵衛:ほなら、まず、603年冠位十二階の制定。これは家柄ではなく才能で役人を登用しようという制度じゃな。
清八:「我が才を群れ見よ冠位十二階」
甚兵衛:ほう、うまいうまい。次、604年十七条憲法。これは役人の心得を説いたもんじゃ。
清八:「心得と、群れ知る憲法十七条」
甚兵衛:やるやないか。三つ目、607年遣隋使派遣。小野妹子は隋の皇帝・煬帝に、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」という国書を献上し、怒りを買ったという有名な話じゃな。
清八:「群れなして、妹子は渡る遣隋使」。ところで、妹子て美人でっか?
甚兵衛:何を言うとる。小野妹子は男のお方じゃ。しかし、三十六歌仙の一人、美人として知られる小野小町のご先祖じゃから、男前やったかもわからんなぁ。
清八:ご先祖の方が男で妹とはこれいかに。
甚兵衛:余計なこと言わんでええねや。ややこしい。今、遣隋使を詠んだんで、遣唐使も詠んでみよか。630年、犬上御田鍬が初の遣唐使として唐に使いした。この犬上御田鍬というお方、その15年前に最後の遣隋使としてもろこしに渡ってなさる。まことに大したお方じゃ。
清八:なるほど、それはすごいでんな。ほなら、「御田鍬が」とこないいきましょか。
甚兵衛:ほぅ、「御田鍬が」と。
清八:「睦(むつみ)を結ぶ遣唐使」と、これどないです。
甚兵衛:ほほぅ、これはお前さんも大したもんじゃ。いやいや十分芸と言えるわい。
清八:そうでっか。ほなら、女子にもてますか。
甚兵衛:これこれ、さっき自分で言うとったやないか。「もてたいと思う奴ほど嫌われる」と。女子に興味はないいうようにしとる方が却って女子は気にするもんじゃ。
清八:そんなもんでっか?
甚兵衛:そういうもんじゃ。そしたら、まあ、次で最後にしとこか。もう十分お前さんのよう詠めることはわかったさかいな。ほなら、701年大宝律令の制定にしとこか。これは刑部親王・藤原不比等らの方々が、もろこしになろうて初めてお作りになった法令じゃ。日本という国の名前が定められたのも、この大宝律令からじゃ。
清八:へぇ、それは大したもんでんな。日本の名付け親ちゅうわけでんな。
甚兵衛:まあまあ、そう思うてもええくらいじゃな。
清八:そしたら、ここは「日本の」と、こういきましょか。
甚兵衛:ほう、「日本の」といくか。
清八:へえ、「日本の名は人も知る大宝令」と、どないです。
甚兵衛:これもまたうまいやないか。こりゃ、わしが一本(日本)とられたわい。
清八:いやいや、そないにたいそう(大宝)なもんやありまへん。

個性が育たない2011/05/28 14:51


 いわゆる「ゆとり教育」においては、日本の学校教育では、「詰め込み教育」「画一的教育」の反省から、「個性」――ただし、人というものは生得的にあるいは生活環境の影響により少なからず「個性的」であるはずです。ここで言っている「個性」とは、その「個性的」資質が何らかの具体的な思考を伴うものとして表出されたものということになります――とともに「自分で思考し発想する」ということを重視してきたのではなかったでしょうか。たとえば、平成二十三年年施行の『小学校学習指導要領』の冒頭――「第1章 総則」の「第1 教育課程編成の一般方針」の1――にこうあります。

1.各学校においては,教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの章以下に示すところに従い,児童の人間として調和のとれた育成を目指し,地域や学校の実態及び児童の心身の発達の段階や特性を十分考慮して,適切な教育課程を編成するものとし,これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。
 学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。その際,児童の発達の段階を考慮して,児童の言語活動を充実するとともに,家庭との連携を図りながら,児童の学習習慣が確立するよう配慮しなければならない。
 これは、その前の平成十年施行の指導要領でも基本的には同じです。

 その一環として、現在の学校教育では、「調べ学習」が非常に重要視されてきました。何か一つのテーマについて、個人であるいはグループで調べて発表するという、自主性を重んじた、「詰め込み」の対極に位置する教育です。また、そうした「教育」の中では、自分の意見をのべるということも強調されてきました。そうしたことで、「個性」の伸張を図ってきたのです。

 ところが、その「教育」はPISA型「読解力」の②「自分が持っている他の知識や経験と関連付けて理解したり評価したりする」や③「自分自身の意見を組み立てて論じたりする」に、結果としては結びつかなかったというわけです。

 実際に、そうした教育を受けて育った若者たちを面接する企業や大学の関係者が口をそろえて言うのは、「個性がない」「自分の意見がない」ということです。彼らに意見を求めると、なかなか口火を切るものがおらず、誰かが発言するとそれに追従するといいます。彼らが一番多く口にする意見、それは「ぼく(わたし)もそう思います」だというのです。「自分の意見を述べる」こと、「個性的であること」を求められてきたはずなのに、実際にそれを発揮すべき場面では、自分の意見が述べられない。緊張している、ということを割り引いても、目指していたようには育っていないというしかありません。

 それから、私が、彼らの没個性さをもっとも感じるのが、一時流行した「KY(空気が読めない)」という言葉です。

「空気を読む」というような言葉は、もともと芸人の世界で使われていた言葉で、お客の反応など、その場の雰囲気を察知することを意味していました。客席の雰囲気を読み取って、臨機応変にネタの調子を変えていくという一流の芸人に必要な資質を表していたのです。

 それが次第に芸人同士のやり取りに使われるようになり、いつの頃からか楽屋ノリのバラエティー番組を通じて世の若者の間に広がったもののようです。しかし、その意味するところは、その伝播の過程において、本来のものからははずれてしまっています。バラエティー番組内で、出演者同士の間の暗黙の要求を指し示すようになり、若者たちの間では、その場にいる仲間のそれを指しています。

 この「KY」とか「空気読めよ」という発言には、相手の言動を受け入れないという極めて排他的な心理が潜んでいます。そこには言動の是非を問う姿勢はありません。全体の流れには有無を言わずに乗っていくしかないのです。つまり、「KY」とは、小さなコミュニティー内において強制的に調和を要求する言葉だということができます。

 自分が「個性」を発揮するために は 、他者の「個性」を容認する寛容さが必要とされます。ところが、「KY」と他者を攻撃する彼らは、全体の暗黙の了解に従って他者を否定する不寛容さを前面に押し出しています。そこでは「個性」の発露などなされるはずがありません。彼らが受けてきたはずの教育の趣旨とは正反対の姿がそこにあります。

 自分の考えで調べて、自分の意見を発表する個性的な人間になる、そのように教育されたはずの子供たちが、自分の意見を持たない、持てない没個性に育ってしまった、というわけです。いったいなぜこんなことになってしまったのでしょうか。

 端的に言えば、私は、詰め込まなくなったからだと思っています。ここ数十年の経過を見て、「前のほうがよかった」と言っているわけではありません。もっと長いスパンで見、冷静に判断して、そう考えています。

 もう少しくわしく言うと、「暗記」と「知識」ということを余りにも単純に、「詰め込みであり役立たずだ」と考えて、これを排除したがために「個性的思考」が醸成されなくなった、ということだと思います。どういうことかというと、「暗記」と「知識」――「詰め込み教育」の典型として否定されてきたこの二つが、「個性」と「思考し発想する」ことにとって不可欠だということなのです。

 そのことは追って説明したいと思いますが、ここで、すこし話題を変えて、J-POPについて考えてみたいと思います。「2ちゃんねる」などでは、J-POPの歌詞は似たような歌詞が多いということが話題になり、「翼広げすぎ」「桜舞いすぎ」「私弱すぎ」「瞳閉じすぎ」「君の名を呼びすぎ」などという揶揄も広がっていました。そんな中で「J-POPジェネレータ(http://jpop.mbtl.net/)」というサイトが登場しました。サイトの冒頭には次のように書かれています。
 サービス概要 J-POPの歌詞を自動で生成するサービス。
例えスランプで歌詞が浮かばなくても大丈夫、もう他人の歌詞を拝借する必要はありません。

 使用方法 ページ内に自動生成されたJ-POP歌詞が表示されます。
この歌詞をインスパイアすることにより、全く新しいオリジナルの歌詞を生み出すことが出来ます。
※自動生成されたままでの歌詞使用は推奨出来ません。必ず、インスパイアして出来上がった曲でCDをリリースしてください。
歌詞を再生成したい場合は、ページの表示更新を行ってください。
なお、本サービスは、
翼広げすぎたり、
桜舞いすぎたり、
瞳閉じすぎたり、
君の名を呼びすぎたり、
会いたすぎたりしますが、何卒ご容赦願います。

 対象 J-POPアーティスト様を対象としております。
『今まで修得してきた語彙が非常に少ないにも関わらず作詞をしなければならない』という不憫なアーティスト様には、特にお役に立てるはずです。
どちらかというと、恋愛に対して強迫観念や中毒症状が発症してしまった女性アーティスト向けの内容となっております。
もちろん、ジョーク・サイトなのですが、自動生成された歌詞は、やや日本語として不自然なところもありますが、ちゃんとどこかで聴いたようなものになっています。たとえばその一部を紹介すると、

つないだ手離さないで 瞳を閉じて
桜舞い散る夜に どんな時でも君を守るから
心震える 変わらない 私の名前を呼んで
ずっと傍にいて 私だけを見て欲しい
離れていても心は傍にいるよ
会えますように 胸が痛いよ どうしてこんなにも涙が溢れるの?
私のこの想い 君からもらったかけがえの無いモノ
会いたいけど会えなくて いまどこにいるの?
胸が苦しくなる 大切なことを教えてくれた君
ここにいるよ 君がいれば他に何もいらない

というようなものが出来上がってきます。これにあまり違和感を余り感じないということは、逆に言えば、それだけ似たような内容、フレーズの歌詞が多いということなのでしょう。もちろん、現在のように大量のJ-POPが「消費」されている状態を考えれば、いたし方のないところではありましょうが、厳しい言い方をすれば、作り手の内容についての想像力、内容を表現するための語彙、その双方が貧困ということになります。また、それは受け手にとっても言えることでしょう。受け手の想像力と語彙力を超えたものを作り手がリリースしたところで、それは受け入れられないのですから。

 そしてもう一つ。今のJ-POPはJ-POPの模倣でしかないということが言えると思います。J-POPで育った作り手が、自分で想いを表現しようとしたときに、手本とするものがJ-POPしかない、そしてJ-POPの「ヒット」曲を「ルール」に似たような歌詞を作ってしまい、それがまた「手本」「ルール」となる――、そのようなサイクルが出来上がって、今のような状況を作っているのではないかということです。言葉を変えれば、コピーを繰り返したようなもので、それは世代が後になればなるほど劣化が激しくなります。

 さて、ここでお気づきかもしれませんが、なぜ内容についての想像力、内容を表現するための語彙、その双方が貧困なのでしょうか。これこそが「知識」の不足です。

 旗の塗りわけを例に考えてみましょう。ドイツやフランス、イタリアのような三つの領域に分かれた旗を塗り分けるとして、手持ちの色が三色しかなければ六種類の旗しかつくることができません。しかし、十色あれば七二〇種類の旗をつくることができます。 資質が何らかの具体的な思考を伴うものとして表出されたものを「個性」というなら、どちらが「個性」的と言えるかは明らかです。

 つまり、「個性」を創り上げるためには、自分の中に構成要素をたくさん持っていなければ、自分では「個性」のつもりでも結局は他人と同じになってしまうと言うことです。

 ですから「個性」的であるためには、その土台となる知識を習得しておく必要があり、そのためには、暗記や暗誦が不可欠なのです。そして、これが同時に「思考する力」をも形成します。

 例えば、私が以前ツイッターでつぶやいた次の文を見てください。

 Xperiaが発売されて半年余り、我々は先達のいない過酷な状況に置かれつつも共に苦悩し、練磨して今日の知識を獲得してきた。その我々の親身になった返答が、何度無思慮な「初心者」によって踏み躙られたか。
嘗てスマートフォンの情報は自ら海外のサイトにアクセスし、獲得するより道がなかった。ところが今や巷にはXperiaのガイドブックが溢れている。し かるに、Mixiに集う「初心者」達は自分達に何でも教えてもらう権利があると増長し、ガイドブックも過去レスも見ずに同じ質問を繰り返す。
Xperiaコミュに如何ほどの登録者がいようと心あるものは限られている。敢えて言おう、サルであると。それら軟弱なる「コドモ」は、そのままではこの社会を生き抜き、文化を継承することは出来ない。
真っ当なる教育を受けずに育った者達は、思慮分別ある我々「オトナ」に訓導説諭されて初めて、「人と成る」事が出来る。叱れ、諭せよ、「オトナ」達よ。

 勿論元になっているのは、『起動戦士ガンダム』に登場するギレン・ザビの<ガルマ・ザビ追悼演説>と<ア・バオア・クー演説>で、「暗記」の力を示した一例です。文章を暗記するということは、その表現だけでなく、そこにある思考法を覚えるということなのです。後は それをなぞれば、過去の偉人と同じ思考プロセスを経て、考え表現することが出来るのです。最近の子供が文章を書けないのは、文章の型を知らないからなのです。

 嘗てはその型をしっかりと暗誦という形で教えていました。また江戸時代の寺子屋の教育では「往来物」といって手紙など実用の文章を手本にしていました。それを覚えてしまえば、学がなくても実用の文章は一人前に書くことが出来たのです。

 格調高くということであれば、韓愈や朱子、我が邦なら頼山陽や荻生徂徠、新井白石などの名文を型とすればいいわけです。しかし、そればかりが型ではありません。落語に「三題噺」というのがあります。お客から三つの言葉を貰って、それを盛り込んで即興で話を作るというものです。

 これなども、落語家が多くの噺を覚えていて、それが型として染みついているから出来ることです。いってみれば落語の文法に沿って思考しているわけです。もちろん、個人的な得意不得意はありますが。ですから、私が今回やったように、アニメのキャラクターの台詞でも型にはなりえます。  もちろん、文を型とするということは、その思考をなぞることでもあるのですから、対象を上手く選ばなければならなりません。そしてその思考に沿ったところに、工夫をこらすことで「個性」が出てくるのです。

 昔の中国の詩人たちが、どこで個性を出したかと言うと、表現内容もありますが何よりも典故の使い方です。漢詩は非常に厳しい作成上の規則があります。しかし逆に言えば、そのルールに則っていれば、詩の形にはなるのです。その上で詩人たちは表現に工夫をこらしました。ただし、造語というのは嫌われました。ですから、どれだけ言葉や故事の蓄積があるかが工夫の幅を規定します。

 今、この気風を最も強く受け継いでいる「詩人」は、台湾の作詞家・方文山でしょう。彼は台湾の大スター・周杰倫に多くの詩を提供していますが、典故をふんだんに取り入れた中国風歌詞で注目されています。そうです、先人の遺産を自分の中に取り入れることによって、彼は現在の中国ポップス界で最も「個性」的な詩を作り上げているのです。

読解力③~「ボトムアップ処理」と「トップダウン処理」~2011/05/25 00:08

「読解力②~物語文と論説・説明文、どっちが難しい~」のところで、少しだけ「ボトムアップ処理」と「トップダウン処理」というお話をしました。「ボトムアップ処理」は、「書かれている」ことから読みを組み立てること、「トップダウン処理」は「書かれていないこと」を既存の知識によって補い、理解していくことです。どちらも認知心理学の用語ですが、そのような学問用語を知らなくても、誰もが多かれ少なかれ、日々の言葉の理解の中で、この二つの処理を行なっています。

 授業の中味でいうと、言葉とその意味を覚えること、文法を学習すること、指示語の読み取り練習は、前者「ボトムアップ処理」を強化するためと言えます。それに対して、段落の構造や、言葉のイメージ、テーマ別読解演習などは、後者「トップダウン処理」を強化していくためのものです。このうちの幾つかについては、改めて実践的なお話をしたいと思います。

 ここでは、もう少し「ボトムアップ処理」と「トップダウン処理」の概略についてお話しようと思います。

 その前に「言葉とその意味」と「言葉のイメージ」という表現を用いていますが、これは少し分かりにくいかもしれないですし、また何度も出てくることですので、すこし説明しておきます。

 まず、「言葉とその意味」というのは、文字あるいは音声としての言葉そのものと、その言葉が表面的に持つ意味です。言語学的には「デノテーション(顕在的意味)」といいます。辞書的な意味というのが近いかもしれません。例えば、「ライカ」=ドイツ製のカメラ、という理解がこれにあたります。

 一方の「言葉のイメージ」は、その言葉が隠し持っている意味です。言語学では「コノテーション(潜在的意味)」といいます。先の「ライカ」の例ですと、レンジ・ファインダーの最高峰、実用でありつつも趣味的、というイメージのことです。

 そして、この「コノテーション」が、「トップダウン処理」の際に重要な役割を果たす「読解スキーマ」の一つの核になります。

「読解スキーマ」というのは、認知心理学の用語で、読解の枠組みというような意味です。人はものごとの間に関係を見出すと、その関係を具体的な枠組み=スキーマとして認識します。その枠組みによって、そこにない情報を補って判断や理解を行なっていきます。単語の羅列のような会話が成立するのも、このスキーマによって、欠けている情報を勝手に補っているからです。「コノテーション」はその情報を補完する際の方向付けに大きな役割を果たします。また先の「ライカ」の例を持ち出すと、その持ち主はかなりのカメラ好き写真好きだという枠がそれにあたります。
 ですから、例えば、

 A「おそかったね」
 B「いや、ごめんごめん」
 A「どうしたの」
 B「シャッターがこわれててさ」

 という会話で、Bがライカを持っているという情報が与えられていれば、シャッターはカメラのものだと読みとるでしょうし、Bがフェラーリに乗っているという情報があれば、シャッターはガレージのものと考えるでしょう。これが読解スキーマを用いた「トップダウン処理」です。 そして、このことは「トップダウン処理」の危うさをも示しているのですが、それは後で述べることにします。

 ここではひとつ、「トップダウン処理」と「ボトムアップ処理」について、入試問題の中からその例を見てみたいと思います。

 二〇〇九年度の大阪女学院中学校の前期の大問2、トーベ・ヤンソン『彫刻家の娘』からの出題です。主人公の「わたし」は、流氷に飛び乗ってその洞穴に入りたいが、もう少し近ければ簡単に飛び移れる、もう少し遠ければ諦めがつく、という距離のため、飛ぶこともやめることも思い切れず、腹ばいになって流氷に手をかけて引き寄せようとする、というのに続く場面です。

 手もおなかも冷えてきたので起きあがった。洞穴はわたしとまったく同じ大きさだ。それなのに、わたしはとぶ決心がつかない。すぐに決心できなければ、一生かけても決心はできない。
 ランプをつけて、氷の洞穴に投げ込む。。ランプはあおむけに落ち、洞穴をぱっとてらした。思っていたとおりの美しい光景だ。照明にうかびあがる夜の水族館、光につつまれたベツレヘムの馬小屋、または世界でいちばん大きいエメラルドみたいだ。[ Ⅱ ]。すぐにもここから逃げだそう。流氷をどこかへやらなくては。どうしよう!

問九 [ Ⅱ ]に入る一文として最も適当なものを次の中から選んで、記号で答えなさい。
 ア わたしは恐怖のあまり動けなくなった
 イ わたしはその美しさにたえられなくなった
 ウ わたしは極度の寒さに全身が凍りついた
 エ わたしは迫りくる危険に気が動転した

 正解はイです。アの「恐怖」、ウの「寒さ」、エの「危険」に関することが、[ Ⅱ ]の直後にある「逃げだす」ということと直接関係を持っては書かれておらず、関係しそうなのが「美しい光景」しかないので、設問に答えるという点だけで考えれば、イに絞るというのは、さほど難しいことではありません。
「ベツレヘム」という言葉にはなじみがないかもしれませんが、「光につつまれた」は美しい様子、「ベツレヘム」は地名か人名、「馬小屋」は馬を飼う小屋、と単語レベルで理解して、「ベツレヘムにある美しい馬小屋」あるいは「ベツレヘムという人の美しい馬小屋」と解することができます。これはどちらかと言うと「ボトムアップ処理」になります。その前後が「照明にうかびあがる夜の水族館」と「世界でいちばん大きいエメラルド」という、やはり「美しさ」の表現(ここの理解は「トップダウン処理」的要素もあります)ですから、矛盾はありません。ここでは、幸いにその程度の理解で解答には支障がありません。

 しかし、その理解の水準では、主人公が逃げ出さずにはいられないほどの、向き合うことを耐えられないほどの美しさを感じているというのが本当に読みとれているかというと、否というほかありません。
 この場面の主人公の心情を本当に理解するためには、やはり「光につつまれたベツレヘムの馬小屋」という表現がもつ意味を理解しなくてはなりません。それができていなくては、この問題に正解したとしても、真に読解ができたとはいえないでしょう。
 ここで「トップダウン処理」が求められます。つまり、コノテーションによる意味の補完をしなくてはいけません。

 まず、「馬小屋」のイメージと、「光り輝く美しさ」の矛盾に疑問を抱かなければならならない。「豚小屋」のもつイメージに比べれば、まだしも「馬小屋」の方が清潔感があるでしょうが、それにしても「美しい」というものではないはずです。ここで疑問を感じるかどうか、これも一つ重要なことです。

 しかし、ここにおいて「光り輝く美しさ」と「馬小屋」のイメージが矛盾しないのは、それが普通名詞としての「馬小屋」ではなく、固有名詞的な「ベツレヘムの馬小屋」であるからです。  ご承知のとおり、「ベツレヘムの馬小屋」は、イエス・キリストが生れたところです。その尊くも神々しいイメージがなくては、逃げ出さずにはいられない主人公の心情はありえません。

 ここでようやく、主人公は神々しく恐れ多いほどの美しさを感じ取った、だからそこに、神の子がいるべきであるかのような場所に自分はいられないと思い、逃げ出したくなったのだ、という読解が成り立ちます。「ボトムアップ処理」では足りない部分を「トップダウン処理」で補ってはじめて、真の理解が成立するのです。

 いかに大阪女学院がキリスト教系の学校とはいえ、受験生のすべてが敬虔なるキリスト教徒というわけではありませんから、さすがにそこまで踏み込んだ理解は要求されていませんが、これが分かって答えているのいないのとでは、同じ正解でもその価値はまったく異なります。そういう点では、授業で用いると非常に面白い教材になると言えます。

 このように、「トップダウン処理」は大きなはたらきをしますが、それは時として諸刃の剣になります。読解スキーマは時として誤った方向に理解を誘導してしまうことが、研究で明らかにされています。先の会話の例も、「ライカ」と「フェラーリ」という情報によって「シャッター」の理解が変わってしまうということを示しましたが、それは時として誤誘導になってしまうということです。
 その例を紹介しましょう。まず、次の文章を読んでみてください。

 ヘレン・ケラーは生まれた時から問題のある子だった。彼女は野蛮で,強情で,乱暴者だった。ヘレンは8歳になっても, まだどうしようもなかった。彼女の両親は彼女の精神衛生をとても心配していた。その州では,彼女の治療のためのよい施設が見つけられなかった。彼女の両親 はついにある処置をとる決心をした。彼らはヘレンの世話をしてくれる家庭教師を雇った。

 さあ、ヘレン・ケラーはどうして問題のある子だったのでしょう?
「彼女は耳が聞こえず,口もきけず,目が見えない」というのは答えにはなりません、書かれていませんから。でも、そのつもりで読んでしまった方も多いのではないでしょうか。「野蛮で,強情で,乱暴者だった」のは、「耳が聞こえず,口もきけず,目が見えない」からだと、補完してしまったのです。

 じつはこれ、R・L・クラッキー/箱田裕司、中溝幸夫 訳「記憶のしくみ2―認知心理学的アプローチ」(サイエンス社心理学叢書一九八二年十一月)にも引かれている、Rebecca A. SulinとD. James Doolingによる実験(※)の課題文の一つです。鳴門教育大学大学院の「認知心理学の部屋 認知心理学授業コーナー」の「認知心理学特講の詳しい内容」にも引かれていますが、二つの課題文をそれそれ別の集団に読ませて、理解を問う調査で用いられました。

 もう一方の課題文は、以下のようなものです。
 キャロル・ハリスは生まれた時から問題のある子だった。彼女は野蛮で,強情で,乱暴者だった。キャロルは8歳になっても,まだどうしようもなかった。彼女の両親は彼女の精神衛生をとても心配していた。その州では,彼女の治療のためのよい施設が見つけられなかった。彼女の両親はついにある処置をとる決心をした。彼らはキャロルの世話をしてくれる家庭教師を雇った。

 一方の集団は、キャロル・ハリスについての文章、もう一方の集団はヘレン・ケラーについての文章を読んだことになりますが、固有名詞以外はまったくの同一文章です。そして、これらの集団に対して、実験直後に行なった確認課題では両者に差はありませんでした。ところが、一週間後に「『彼女は耳が聞こえず,口もきけず,目が見えない』の一文が含まれていましたか?」という問いを行ないますと、キャロル・ハリスの名を用いた群 では「はい」が5%であったのに対して、ヘレン・ケラーの名を用いた群では50%が「はい」と答えたのです。

 読解スキーマは、トップダウンの読解処理を速やかに行なうためには不可欠なものですが、それはいつも正確というわけではなく、時として大きな誤解を生み出すこともあるのです。この場合、キャロル・ハリスという名前には特別なコノテーションがないのに対して、ヘレン・ケラーという名前には「三重苦」というコノテーションがあります。それが彼女に関連する様々な事項とともに読解スキーマを形作ります。たとえ、このヘレン・ケラーがあのヘレン・ケラーである保証がなくてもです。

 具体的には、初めに「ヘレン・ケラー」という名を見た瞬間に、「三重苦」のコノテーションが想起されます。そして、それが、野蛮・強情・乱暴者・治療・家庭教師という単語と呼応して、ヘレン・ケラーの幼少時代と、彼女を支え続けて家庭教師アン・サリヴァンを想起させ、ヘレン・ケラーの生涯という読解スキーマを形成します。それによって、書かれていない「彼女は耳が聞こえず,口もきけず,目が見えない」という「三重苦」の具体的情報を補完してしまったのです。

 しかし、「ボトムアップ処理」で書かれている内容を正確に掴んでいれば、「トップダウン処理」による一種の暴走(妄想?)を抑えることができたはずです。まさか、1974年のアメリカの大学でヘレン・ケラーを知らないものがいるとは思えないので、半数は抑えることができたと考えるべきでしょう。

 この二つの例から、「ボトムアップ処理」と「トップダウン処理」とはどちらも重要だけれども、より大切なのは「ボトムアップ処理」と「トップダウン処理」とのバランスが重要であることがわかっていただけると思います。

※ Sulin, R.A., & Dooling, D.J. (1974). Intrusion of a thematic idea in retention of prose. Journal of Experimental Psychology, 103, 255-262

【覚書】シンガポールで食べたもの2011/05/06 23:05

4月29日夕食 「The Blue Ginger」97 Tanjiong Pagar Road
Ayam Buah Keluak ブラックナッツと鶏肉のスパイス煮込み
Ngo Heong 生春巻
Sambal Terong Goreng 揚げナスのサンバルソースがけ
Udang Gulai エビのココナツカレー
Otak Otak 魚のすり身のバナナリーフ包み
Gula Melaka 砂糖菓子
Durian chendol ドリアンのせかき氷


4月30日朝食 フードコート Ion Orchard Turn
Fried Hokkien Mee 炒福建麺
Chicken Wing 鶏の手羽先

4月30日昼食 「Muthu's Curry」138 Race Cource Road
Fish Head Curry(S) 魚の頭のカレー
Curry Mutton マトン・カレー
Palak Paneer ほうれん草とチーズのカレー

4月30日夕食 「故郷川菜酒楼 HomeTown Restaurant」25 Smith street
蒜泥白肉
歌釆山辛辣子鶏
麻婆豆腐
水煮魚片
干扁四季豆


5月1日朝食  フードコート Ion Orchard Turn
Fish Ball Noodle 魚圓麺
Carrot Cake 菜頭粿

5月1日昼食 「Food Republic」313@SOMERSET
Chicken Rice 海南鶏飯
Katon Laksa カトン・ラクサ
banana Prata バナナ・プラタ

5月1日おやつ 「亜坤」313@SOMERSET
Kaya Toast カヤ・トースト

5月1日夕食 「Smile Thai Cafe」 8 Lorong Telok
butter Garlic エビのバター炒め
Garlic Garlic エビのニンニク炒め
Fish Cake タイ風さつま揚げ
Lemon Grass Chicken レモングラス風味鶏の揚げ物
Green Curry グリーンカレー
PAOH PEAY SOD 生春巻

5月1日夜食 「発起人肉骨茶餐館」347 Balestier Road
Bak Kut Teh 肉骨茶


5月2日朝食 「Coffee Bean & Tea Leaf」 Ion Orchard Turn
Toast

1865メンバーシップ・アップグレード2011/03/19 15:07

香港は香港旺角朗豪酒店(ランガム・プレイス・ホテル)、上海は上海朗廷揚子精品酒店(ランガムホテル ヤンツーブティック上海)と宿はどちらもランガム系列のホテルをメインで使っています。昨年、香港と上海で合計5回(五泊ではない)以上宿泊したので、メンバーシップがGstewayからVoyagerになりました。
トラベル・タグがおまけでついてきました。
これで、インターネット無料、部屋のアップグレード、レイト・チェックアウトなどの特典が受けられます。
ですが、これを維持するためには、年間2回以上系列ホテルに宿泊しないと行けません。今年はそんなにいけるかなあ。








こちらが新しいメンバーカード


こちらが古いカードです。

読解力とは?② ~物語文と論説・説明文、どっちが難しい~2011/03/07 21:12

 論説・説明文が苦手だというお子さんの割合の方が多いというのは、一般的に言えることです。

 この理由は簡単に言えば、論説・説明文には慣れていない、ということです。物語については、幼いころから絵本などを通じてなじみがありますし、日ごろの読書でも触れています。さらに、その他のメディアを通じての接触もあります。ですから、物語とはどういうものかは知っていますし、読解の方法も無意識のうちにある程度習得しています。大抵の子供は、塾での学習を除けば、論説・説明文に接する機会は学校の教科書以外にはありません。如何に読書好きとはいえ、岩波新書や講談社現代新書を愛読している小学生というのはごくごく少数でしょう。

 ですから、子供たちは、物語文の理解力の方が論説・説明文の理解力よりも先行しているのが普通です。そして、物語の読解方法を論説・説明文に援用して読解しようとする段階を経て、論説・説明文の読解方法を体得する段階に達します。

 論説・説明文が苦手ということが多く見られるのは、この段階的発達のためなのです。

 また、女の子では物語文が、男の子では論説・説明文がそれぞれ得意な傾向が見られる、これも実感として言えることです。

 たとえば、立原えりかさんの「過去の罪」(講談社文庫「タマネギ色のなみだ」所収)という作品があります。あらすじを紹介しますと、次のようになります。

 ある女の子が髪に結んだリボンを三日連続でなくして学校から帰ってきます。母親は心配して、その理由を尋ねますが、女の子は「わかんない」と言うだけです。
  その母親は、幼い頃食べるだけで精一杯でした。とても着飾ったりできませんでした。そこで、自分に娘が生まれたら、きれいなリボンを毎日結んであげよう、心に決めていました。女の子はそんな母親の尊い心を理解していました。それでも女の子がリボンがなくなった理由を話さないことにはわけがありました。 

 三つのリボンを取ったのは、女の子のうしろの席に座っている男の子でした。

 三日目に一番のお気に入りのリボンをとられた女の子は、校庭で男の子に尋ねます。

「どうしてそんないじわるするの?」

「だってスキなんだもん」
 男の子は、落ちている銀杏の葉を女の子のポケットに詰め込んで立ち去ってしまいます。

 そして、男の子はそのまま引っ越してしまいます。

 何十年もたって、その女の子は母親となり、自分が母にしてもらったのと同じように、娘にリボンを結んでやっています。そしてふと、リボンを取った男の子のことを思い出します。名前も忘れてしまったけれど、どうしているかしら。

 彼女の夫も銀杏を眺めて、名前も忘れてしまった少女のことを思い出します。彼が、押入れの奥にしまった「過去の罪」と書いた箱の中には、きれいなままのリボンが入っています。

 このお話を読んで、リボンを取られた女の子と取った男の子が、お互いに気づかないで結婚していたということを、小学校高学年の女の子ならほとんど読みとってくれます。ところが、男の子は半数近くが「?」という感じです。最初の「母親」と「女の子」と、最後の「母親」と「女の子」を同じだと勘違いしてしまうのも男の子の方が多いでしょう。

 これは肉体的・精神的な成長、あるいは脳の構造における男女差という問題も影響しています。語学の習得能力や情緒の感受性ということについては、女性の方が優れている傾向にあるということは、医学的にも言われていることです。逆に、空間認識力や構造理解については、男性の方が優位な傾向があります。理系科目が特異な男の子が多いのもそのためです。

 このように、文章理解については、性差の問題もあれば、あるいは個人の好みの問題もあります。ですから、一般的にどちらが難しいかということになると、これはなかなか難しいものがあります。

  しかし、所謂「読解テスト」でどちらが点数を取れるようになり易いか、言い換えれば「読解のコツ」を会得しやすいか、ということで言えば、それは論説・説明文です。なぜなら、論説文も説明文も、ともに読者に対して説明を試みている文章だからです。人を納得させようというのですから、理解に必要なことは記載されます。ですから、書かれていることを丁寧に読みとっていけば、内容を理解することができます。そこにあるものを順に組み上げて理解していくという、認知心理学でいうところの「ボトムアップ処理」が重要になります。強いていうなれば、語彙がやや難しいということが問題になるくらいです。

 それに伴って、「テスト」の設問の内容についても、論説・説明文であれば基本的には「書かれていること」しか問われません。書かれていることを手がかりにして、書かれていない一般常識、社会常識を問うようなことはまずありません。答えは、表現上の差異こそあれ、必ず文章中にあるのです。

 しかし、物語文ではそうはいきません。

 小学校低学年で読むようなものならいざしらず、高学年以上になってくれば、そこで目にする文章は、ふつうに大人が読むものと大差ありません。であれば、「心情の把握」などは、基本的には直接表現がされていない、描写による表現が主ということになります。また、ストーリを円滑に運ぶために、くどくどとした説明はされません。つまり「書かれている」ことから読みを組み立てる「ボトムアップ処理」に加え、「書かれていない」ことの読み取りが必要になります。

 では、その「書かれていないこと」をどのようにして読み解くのかといえば、それは自己の経験との比較による類推ということになります。この経験は実体験だけではなく、ドラマや漫画、小説などのからの間接体験でも構いません。そうした経験によって自分の中に形成された「類型」に基づいて「想像」するのです。この直接は「書かれていないこと」を既存の知識によって補い、理解していくことを、認知心理学では「トップダウン処理」と言います(これについては、後でまた述べることになります)。そして、その性質上「トップダウン処理」には、大きな個人差が生じます。

 この「トップダウン処理」がどういうものか、少し説明してみましょう。

 たとえば、

町人が斬られた。

 という文があって、大人であれば、「時代はたぶん江戸時代で、犯人は侍(仕官しているか浪人かは不明)、凶器は刀」という風に読みとっているはずです。これは、町人や「斬」という言葉が時代劇でよく使われる言葉で、その時代劇についての知識によって、文脈を補完して読みとっているのです。勿論、先の論説・説明文でもこうした「トップダウン処理」はある程度行なわれていますが、ここではその依存度を問題にしています。

 また、知識として「言葉」は知っていても、経験していないことは理解できない、ということもあります。

 たとえば、有名な有島武郎の「一房の葡萄」。冒頭の部分はこうあります。

僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。僕の通っていた学校は横浜の山の手という所にありましたが、そこいらは西洋人ばかり住んでいる町で、僕の学校も教師は西洋人ばかりでした。そしてその学校の行きかえりにはいつでもホテルや西洋人の会社などがならんでいる海岸の通りを通るのでした。通りの海添いに立って見ると、真青な海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、檣から檣へ万国旗をかけわたしたのやがあって、眼がいたいように綺麗でした。僕はよく岸に立ってその景色を見渡して、家に帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵に描いて見ようとしました。けれどもあの透きとおるような海の藍色と、白い帆前船などの水際近くに塗ってある洋紅色とは、僕の持っている絵具ではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。
 ふと僕は学校の友達の持っている西洋絵具を思い出しました。その友達は矢張西洋人で、しかも僕より二つ位齢が上でしたから、身長は見上げるように大きい子でした。ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二種の絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚するほど美しいものでした。ジムは僕より身長が高いくせに、絵はずっと下手でした。それでもその絵具をぬると、下手な絵さえがなんだか見ちがえるように美しく見えるのです。僕はいつでもそれを羨しいと思っていました。あんな絵具さえあれば僕だって海の景色を本当に海に見えるように描いて見せるのになあと、自分の悪い絵具を恨みながら考えました。そうしたら、その日からジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなりました。けれども僕はなんだか臆病になってパパにもママにも買って下さいと願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを心の中で思いつづけるばかりで幾日か日がたちました。

 そして、主人公の「僕」はジムの絵の具を盗んでしまうのです。ここで重要なのは、「僕」の「羨ましい」という感情ですが、これがまったく理解できない子というのが実際にいます。そういう子はここを読んだ時、「ママに言って買ってもらえばいいのに。何でも買ってくれるよ」と軽く考えるのです。何でも買い与えてもらっている、裕福な家庭に育ったこの子には、少なくとも物品に関する限り、他人を心底「羨ましい」と思った経験がないのです。ですからまったく実感が湧かず理解できない、せいぜいが自分の物欲を刺激するきっかけとしてしかとらえられないのです。

 こういう場合は勿論、あれこれ具体例を考えて、言葉を尽くして説明しますが、 これはいってみれば「人生経験」なわけですから、授業での説明だけではどうしても追いつかないことがあります。論説・説明文に対するように語彙を覚えるという対処法もありますし、ある程度は有効ですが、それが「実感」と結びつかなくては、「分かった」ということにはなりません。「わびしい」という言葉を知っていても、体験していなくては理解したことにはなりません。もちろん、「わびしい」という言葉を知らなければ、その心情を自分の中に湧き上がった感情から抽出することもできないのですから、知っているのが前提になっている方が理解が早いとは言えます。体感が言語に先行していては、抽出が行なわれずに見過ごされてしまうことがほとんどで、言葉を知ったときに、「ああ、あれがわびしいということだったんだ」となるようなことは極めてまれだといえます。

 まとめると、物語の理解は早い時期にだれでもある程度の水準に達するが、鍛え上げていくことが非常に難しい、一方の論説・説明文は理解の発達は遅いが文章の特性として鍛えやすいと言えます。別の言い方をすれば、物語は「身体」で体感し、論説・説明文は「頭脳」で理解する、ということになるでしょうか。

 授業というのは言葉とせいぜい図によってなされる非実態的なものです。体感をするというのは非常に難しい。そのことを考えると、当然、「頭脳」で理解する論説・説明文のほうが組し易いわけです。

年号根問2011/02/19 00:08

喜六 :こんにちは。こんにちは。
甚兵衛 :おー、誰かと思たらおまはんまいな。まぁ、こっちおあがり。
喜六 :へえ、ほな、おじゃまします。
甚兵衛 :今日はまた、どないしたんや。
喜六 :へ、娘のことでちょっと困ってまして。甚兵衛はんにご相談を。
甚兵衛 :ほお、なんや珍しい、えらい親らしいことを。まあ、ええこっちゃ。ときに、娘はん、いくつになった。
喜六 :へえ、もう中学生、十三になります。
甚兵衛 :もう、そないになるか。こっちも年をとるはずじゃ。こんな小さかったとき、よう遊びにきてくれたのが昨日のことのようじゃがなあ。
喜六 :甚兵衛はん、ちょっとおかしいんちゃいまっか?
甚兵衛 :何がじゃ
喜六 :こんな小さかったのが昨日のことのようやなんて、ウチの娘、昨日もこのくらいはおましたで。
甚兵衛 :こらこら、子供の大きゅうなるんははやいいう言葉のあやじゃ。ほんまに昨日こんなんで今日こんなんになるようなもんがあってたまるか。
喜六 :おまへんか
甚兵衛 :ないな。
喜六 :わたいが丹波のおっさんとこ行たときに見たたけのこ、一日でこーんななりましたで。
甚兵衛 :人間と竹がいっしょになるかい。
喜六 :なりまへんか。
甚兵衛 :ならんな。
喜六 :かぐや姫は竹から生まれた。
甚兵衛 :ありゃ、おとぎ話じゃ、屁理屈を言うな。だいたい、娘はんのことで相談にきたんとちがうのか。
喜六 :あー、そうでした。わすれてました。娘のことでこまってまして、ご相談を。
甚兵衛 :それは聞いたがな。それで、その娘はんがどないしたんや。
喜六 :なんや、今度学校で歴史の試験があるとかいうて勉強しとりまんねん。
甚兵衛 :ほう、歴史の勉強か。ええこっちゃ。先人のなさったことを知るのは大事なことや。また、昔から「古きをたずねて新しきを知る」という言葉もある。「いにしえは今のかがみ」とも言うな。なんにも困ることやあらへん、感心なことやないか。
喜六 :そら、甚兵衛はん。人のことやから、そない言えまんねんで。わたい、わすれだっしゃろ。
甚兵衛 :ん、ああ、お前はたいがい忘れやな。今しがたも、もう忘れとったな。それがどないした。
喜六 :なんでも、年号とかいうのをぎょうさん覚えなならんらしいんで。けど、わたいの娘だっしゃろ、覚えんのんは苦手だんねん。
甚兵衛 :歴史は、流れ、つながりをしっかり覚えなならん。年号はそのためにも知っとかならんな。しかし、何か、娘も忘れか。悪いところは似るというが、親の因果が子に報いぃー。
喜六 :みせもんみたいに言いなはんな。それより、なんとかなりまへんか、甚兵衛はん。
甚兵衛 :んー、まあまあ、お前さんの子を思う親心に応えて、考えてやろう。――そうじゃ、昔から語呂合わせということをいうな。これをやってみたらどないじゃ。
喜六 :なんだんねん、その、語呂合わせ言うのんは。
甚兵衛 :なんじゃ、語呂合わせを知らんか。いいくに作ろう鎌倉幕府。
喜六 :あ、甚兵衛はん、おでかけですか。ほな、また改めて。
甚兵衛 :これこれ、どこへ行くんじゃ。
喜六 :かまくら作りにいかはるんでっしゃろ。きぃつとくなはれや、としよりにさむいところはこたえまっせ。
甚兵衛 :なにを言うとる。いいくに作ろう鎌倉幕府、これが語呂合わせじゃ。
喜六 :どういうことだんねん。
甚兵衛 :1192年に源頼朝公が征夷大将軍におなりになり、鎌倉に幕府が開かれたな、そこで1192年の音をとって、「いいくに」とこない言うたわけや。
喜六 :は、なるほどー、地口みたいなもんだっか。
甚兵衛 :まあまあ、そないなもんじゃ。鳴くよ鶯平安京というのもあるな。794年に桓武天皇は平安京に遷都なさった。そこで794年で「なくよ」やな。
喜六 :なるほど、うまいもんでんなあ。なんや、わたいにもできそうな気がしてきた。地口はとくいだんねん。甚兵衛はん、これ娘の覚えなならんのをうつしてもろたもんだんねん。順番に読んでもらへんまへんか。わたい語呂合わせっちゅうのを考えてみま。
甚兵衛 :ほう、こら飛鳥時代から平安時代の終わりまでやな。ほならまあ、読んでやろう。593年、聖徳太子が摂政となる。
喜六 :えーーー、聖徳太子はこっくさん。
甚兵衛 :こらこら、太子さんをコックにしたらいかんで。しかし、まあ語呂にはなったあるな。次は、645年大化の改新。
喜六 :んー、大化の改新むしごはん。
甚兵衛 :ほー、これもなったあるやないか。しかしなんで「むしごはん」なんや?
喜六 :あー、わたいおなかへってまんねん。
甚兵衛 :知らんがな。ほな、次いくで。710年平城京遷都。
喜六 :なっとーねばねば平城京。あーきもちわる。
甚兵衛 :きもちわるかったらいわいでもええがな。しかもさっきから食うもんにまつわる語呂ばっかりやな。え、はらがへってる。わかったわかった。それになあ、これには昔から「南都美し平城京」というきれいなんがある。
喜六 :まーよろしいがな、なんや調子ようなってきました。次言うておくんなはれ。
甚兵衛 :そうか、743年墾田永年私財法。
喜六 :こんでええねんナンシーさん。
甚兵衛 :なんや、異人さんでもおいでになったか?
喜六 :いえ、これが語呂合わせで。
甚兵衛 :なに?、こんでええねん、墾田永年、743でナンシーさん、か。なるほど、ようできたあるやないか。
喜六 :そうでっしゃろ。次いきまひょ。
甚兵衛 :ああ、平安京は、さっきのでええやろ。ほなら、894年、菅原道真の遣唐使廃止。
喜六 :んー、はくよゲロゲロ遣唐使。
甚兵衛 :汚いな。菅原道真、このお方はお前、天満にも祀られてなさる天神さんやぞ、失礼な。
喜六 :けど、やめとなりまっしゃろ。
甚兵衛 :ま、そない言うたらそうかもしれんな。1016年、藤原道長が摂政となる。
喜六 :といろに輝く道長はん。
甚兵衛 :今度はきれいやな。道長というお方は「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」とお読みになった、まあ栄華を極めたお方じゃ。それにもようおおたあるやないか。その調子でたのむで。次は、1086年、白河上皇が院政を始める。
喜六 :入れ歯六本白河上皇。
甚兵衛 :これまた失礼なやっちゃな。上皇さんは入れ歯なんぞしてはらへんがな。
喜六 :へー、ようしったりまんな甚兵衛はん、知り合いだっか? 年寄りやとは思てたけど、そこまでとは……。
甚兵衛 :そないなアホなことがあるかいな。もう、次いくで。1167年、平清盛が太政大臣となる。
喜六 :平清盛、いい胸毛。
甚兵衛 :これ、胸毛なんぞと。
喜六 :へー、ようしったりまんな甚兵衛はん、知り合いだっか? 年寄りやとは思てたけど、そこまでとは……。
甚兵衛 :こら。六波羅蜜寺という京のお寺さんに清盛さんのお姿を映した像がある。わしゃ、見たことがあるが、胸毛なんぞなかった。
喜六 :見られたら恥ずかしいよってに、抜きはった。
甚兵衛 :木の像が毛ぇぬくかいな。しかし、ようポンポンでてくるもんじゃ。おお、つぎで最後じゃ。1185年壇ノ浦の戦い。
喜六 :1185、い、い、うーん、あきまへん。でてきまへんわ。
甚兵衛 :そうか、しかしまあ、随分と語呂合わせができたやないか。
喜六 :さよで。ほな、これ、家帰って娘におしえたりますわ。甚兵衛はん、おおきに。また手つどうとくなはれ。
甚兵衛 :わしがか、わしゃもう、いいやご(1185)めんじゃ。

読解力とは?① 中学入試の現場から2011/02/12 19:13

~PISAショック~
 最近喧しく「読解力」ということが言われています。過去日本はその学力において高く評価されていたのも関わらず、OECDが行ったPISA調査(生徒の国際学習到達度調査)で以前のような好成績を残せていない、これはいけない、というわけです。
 でも、ここで疑問に思いませんでしたか。学校の授業や受験勉強で「読解問題」はたくさん解いているから「読解力」は鍛えられているはずなのにどうして、「読解力」が下がっているのか。やはり「ゆとり教育」のせいでしょうか。
 それもあるでしょうが、問題はもっと根本的なところにあります。それは今までの日本の学校や受験における国語が求めていた「読解力」と、今OECDの調査で測定されている、いわゆるPISA型「読解力」というものが、異質なものだという点です。PISA調査では、「読解力」を「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」と定義しています。もう少しわかりやすくまとめると、次のような特徴があると言えます。

①読解の対象つまり「テキスト」が、普通の文章だけではなく、図、グラフ、表などの「書かれたもの」全般を含んでいること。
②テキストに書かれた情報を読み取るだけはなく、自分が持っている他の知識や経験と関連付けて理解したり評評価したりすることも含んでいること。
③テキストに基づいて、自分自身の意見を組み立てて論じたりするなどの、テキストを活用する行為も含んでいること。
④テキストの内容だけではなく、文章構造や形式や表現法も対象となること。
 どうです。いわゆる「読解力」のイメージとは随分違っていませんか。文部科学省も平成十七年十二月に発表した「読解力向上プログラム」に、「なお、PISA調査の『読解力』とは、『Reading Literacy』の訳であるが、わが国の国語教育等で従来用いられてきた『読解』ないしは『読解力』という語の意味するところとは大きく異なるので、本プログラムでは単に『読解力』とはせずに、あえてPISA型『読解力』と表記することとした。」と記しています。
「わが国の国語教育等で従来用いられてきた『読解』ないしは『読解力』」は、簡単に言えば「情報を正確に読み取る」ということに尽きます。そして、従来型「読解力」は若干の幅はあるものの、概ね「正解とされるべき読み・解釈」というものが想定されています。学校の授業なら、先生が教えてくれる「読み・解釈」が正解ということになります。一方、PISA型「読解力」では、内容の誤読さえしていなければ、熟考した末に正反対の対応を導き出しても正解になります。そして重要視されるのは、自分の意見を組み立てて論じたりする「活用」の部分になります。これは従来型「読解力」の範疇には入らない部分です。ですから、大雑把に言って、従来型「読解力」PISA型「読解力」は、その互いの円がごく一部で重なっている、というイメージでしょうか。
 ということは、日本がPISA調査の「読解力」であまりよい成績を取れなかったのは、目指してきたものが違っていたからです。やっていなかったことですから、できなくて当然とも言えますが、だからといって放置はできないので何とかしようと皆さん躍起になっているわけです。学校でも、PISA型「読解力」をつけるための授業というのが工夫されてきています。

~「あなたの意見は聞いてない!」・二つの「読解力」と「読書」~
 とはいえ、子どもたち、なかんずく受験生が直面する「読解力」の問題は、まず従来型「読解力」であり、「入試問題の文章を読み解く力」でしょう。そして「国語が苦手」な子どもがいう「国語」はまさに「入試問題の文章を読み解く」ことにほかなりません。漢字がなかなか覚えられない書けない子どもが「国語が苦手」ということはないですよね。そういう子は「漢字が苦手」というはずです。
 では、「国語が苦手」な子は日本語ができないないから、文章が読み取れないのでしょうか。知らない言葉につまずいて意味が取れないということもあるでしょうが、日本で生まれ育っていて、日本語ができないということはまずないはずで、そんな子どもでも読書やマンガやドラマやアニメでは「おはなし」を楽しんでくれます。言葉はわかっているのに「国語の文章」がわからないのです。それはなぜでしょう。
 また、読書が好きなのに、「国語が苦手」という子もまれにいます。文章をたくさん読みなれているはずなのに、どうして「文章読解」ができないのでしょう。
 その原因は、少し意外かもしれませんが「文章を読み解く」ことと「おはなしを読むこと」つまり「読書」とが同じではないということです。
「読書」というのは、自由な読みが許されます。作者や筆者の意図というものも当然ありますが、その本に書かれている「テクスト」を読者が能動的に解釈することによって「読書」が成立します。ですから、読者によって解釈や捉え方や感じ方が変わってもいい。もし、ある読者の感想が、作者の想定と大きく食い違っていても、それは読者がとやかく言われる筋合いのものではありません。もちろん知識不足や勘違い、あるいは社会常識や価値観の変化に伴ってとらえ方が変わってしまった、ということもあるでしょうが、それを除けば、誤解についての非は、そういう解釈を可能にしてしまった作者の力量不足にあるということになります。
 ところが、「国語の読解」や「入試問題の読解」はそうではありません。先ほども少し書きましたが、その「読み・解釈」に正解が存在します。そして後者はその解答にも正解が存在している以上、前者よりも厳密な「読み・解釈」にならざるをえません。俗にそれは「作者・筆者に意図」という言葉で語られますが、実はそれは嘘です。外山滋比古氏が、社団法人全国学習塾協会の十周年記念誌「であい」(平成十年九月)に寄せた特別寄稿「入試の問題」に次のようにあります。

 出題したというあいさつには、問題が添えられている。そんなものを見たってしかたがない。たいていは見もしないで捨ててしまう。あるとき、よほど退屈していたのであろう。問題をひらいて見た。文章が引いてあって、あとに設問というのがいくつもある。これこれについて筆者の考えは、次のうちどれか、とあり、ABCDEと選択肢がならんでいる。筆者は自分である。自分の考えをきかれて答えられぬわけがない。

 なにほどのことやある、ととりかかったのはいいが、Bでもあり、Dでも間違っていないような気がして、決着がつかない。ほかの設問でも、明快に答えられたのはほとんどない。
「ボクが受験生なら、まんまと落第だ」
 そう言って、問題をこどもに見せた。彼女はちょうど受験の勉強をしているときだったのである。こんな出題はよくない、書いた本人が答えられないなんて、問題外だ。そういう親を前にして、しばらく設問をにらんでいた娘は、
「こんなの簡単さ。これとこれだよ」
とこともなげに言ったものである。私はすっかり感心した。受験指導とはすごいものである。書いた本人にもよくわからない問題をさらりと片付けてしまう。たいしたものだ、と舌をまいた。
 また、池澤夏樹氏も「設問の土台」と題したエッセイの中で「『筆者はここで何を言おうとしているのか?』という問いに、たしかに筆者であったはずの自分が答えられないという屈辱にも耐えよう。」(『読書癖3』みすず書房)と述べられています。入試問題の「読み・解釈」は「作者・著者の意図」ではないのです。
 ではその「読み・解釈」は何かというと、「作問者の読み・解釈」であり、より正確には「理想的読者の読み・解釈として作問者によって想定された読み・解釈」ということになります。ですから、ここでは受験者の勝手な捉え方は許されません。つまり、一般的な入試問題は「あなたの意見は聞いてない」のです。国語が苦手という子どもの場合、ここを勘違いしていることがよくあります。つい自分の読みを優先してしまうのです。例えば、

 雨が降っている寒い夜、ちかちかと明滅する街灯がついた電柱の足もとにいくつかごみが積まれている。そのひとつ、子どもがやっと抱えられそうなダンボールの中から、か細い泣き声が聞こえてきた。近づいて開けてみると、中に敷かれた毛布の上から、仔犬がこちらを見上げていた。
という文章があった場合、「読書」であれば、これをどう捉えてもいい。実際、この短い文章では、登場人物の状況が不明なので、どうとでも捉えうるはずです。泣き声をうるさいと思ったのかもしれないし、犬嫌いだったので仔犬に驚いたかもしれない。あるいは仔犬を見て美味しそうと思ったかもしれない。犬を食べる民族もいますから、この読みだってありえないとは言えません。でも、「国語の読み・解釈」では、「捨てられた仔犬をかわいそうに思う」という答えが期待されます。一般的あるいは理想的な読者ならば、そう思うだろう、作問者や学校の先生はそう考えるわけです。石原千秋氏が『秘伝 中学入試国語読解法』(新潮選書)の中で「国語の試験は道徳だ」という趣旨のことを書かれていますが、それはここでいう作問者や学校の先生の期待を言っているわけです。石原氏がそう書いているから、「国語の試験は道徳」でいいと思っておられる方が、まれに学校の先生などにもいらっしゃるようですが、石原氏は、結果としてそうなっていているので、「国語の試験は道徳」だとわかっていれば解きやすい、と分析されているのであって、国語が道徳であることを肯定してはいません。その姿勢は 『国語教科書の思想』(ちくま新書)でより明確になっています。
 要するに、「国語の読解」、それをさらに先鋭化させた「入試問題の読解」が要求する「読解力」とPISA型「読解力」、そして一般的な「読書」はかなりの部分において別物だということです。「読解力」ということを考える場合、この点をはっきりと認識しておく必要があります。


~入試問題は中学校からのメッセージ~
 では、「入試問題の読解」が要求する「読解力」は、PISA型「読解力」よりレベルの低いことなのかというと、これがそうとは言い切れないのです。何故かと言うと、「理想的読者の読み・解釈として作問者によって想定された読み・解釈」に沿った解釈をしなければならないということは、受験者は自分以外の人間がどう読むだろうか、ということを考えながら読まなくてはいけないということになるからです。これは、自分自身の読みを想定された読者と照らし合わせながら読むということなので、自分を客観視する一種のメタ認知と言えます。他人のことを察しながら読む、ということでもありますから、その意味では極めて日本人的と言えなくもありませんが、いずれにしても、これは子どもには難しいことです。つまり精神年齢の高さが要求されるのです。
 その精神年齢の高さということは、素材文の題材そのものに関しても言えます。中学入試に出題される文章は、随分以前から公立高校の現代文よりもハードであることが少なくなかったのですが、昨今、場合によっては大学入試と遜色ないものであることも珍しくなくなってきました。例えば、外山滋比古、内田樹、茂木健一郎、河合隼雄などは頻出の著者として両者に共通しています。実際にほぼ同一の文章が大学入試と中学入試で出題されたことすらあります。

 しかし、それは中学校が無茶をしているというのとは違います。難関或いは名門と呼ばれる私立中学校の入試問題は、どういう子どもに来てほしいのか、あるいはこういうことは今考えておいてほしいという点において、しっかりとした主義主張があって素材文も選ばれており、設問も単に難しいのではなく、設問を解いてゆくことが文章理解を助けて深めていくように工夫されていることが少なくありません。「理想的読者の読み・解釈として作問者によって想定された読み・解釈」という制限があることは否めませんが、それでも電話帳のような入試問題集を頭から解いていくと、「いい文章を選んでいるなあ」とか「鋭い設問だなあ」とか、あるいは「よく考えられた構成だなあ」と感心させられることがしばしばあります。
 そして、そうした問題を作ってくる中学校は、この問題を乗り越えてきた生徒であれば、批評や論述や弁論などのより高度な言語活動については、自分たちの責任において身につけさせることができる、そう考えているように思えます。それは、奈良県の東大寺学園や茨城県の茗溪学園など、いくつかの中学校で行われている自由研究論文などに見て取ることができます。
 入試はふるい落すための試験とよく言われますが、本当によい中学入試は、すくい上げる試験であったり、子どもを成長させる試験であると思います。これは世辞ではなく、子どもたちを指導し、入試問題を分析してきた私の素直な感想です。
 ちゃんと考えている中学校は、その姿勢が入試問題に滲み出しています。言ってみれば、入試問題は中学校からのメッセージが詰まった、ちょっと暗号化された手紙のようなものです。
 ですから、受験生をお持ちのお父様お母様方には、学校見学や説明会に足を運ぶだけでなく、入試問題も解いていただきたい。そうすれば、学校の先生のお話からは窺えない中学校の姿が見えてくるはずです。もし、先ほど書いたような意味でうなるような入試問題を作っているなら、そこはすごい中学校だと思っていいでしょう。