Jumper EZbook 3 Plus でRStudio server2019/01/12 00:01

ストアアプリ版のWindows Subsystem for Linux(以下、WSL)ubuntu18.04LTSが使える様になっていたので、その機能を使って、RStudio serverをインストールしてみました。

まず、ストアからubuntu18.04をインストールしました。しかし、それだけではエラーが出てしまいます。windowsの機能で、WSLが有効化されていないためでした。

そこで、「Windowsの機能の有効化または無効化」を開いて、WSLにチェックを入れます。

その後、ubuntu18.04を起動すると、インストール作業が進行し、WSLのubuntu18.04が使えるようになりました。
ユーザーネームとパスワードを設定して、ubuntuはOKです。
そこで、公式の手順の手順に従って、Rをインストールしました。

sudo apt-get update
sudo apt-get install r-base

続いて、RStudio serverをインストール。

sudo apt-get install gdebi-core
wget https://download2.rstudio.org/rstudio-server-1.1.456-amd64.deb
sudo gdebi rstudio-server-1.1.456-amd64.deb

これで、RStudio serverが使用できるようになりました。
ブラウザーから http://localhost:8787 にアクセスするとRStudioの画面になります。

windows版のRStudio serverをそのまま使ってもいいのですが、文字コードの問題や、日本語入力の問題などがまだ少しあるようなので、この方法を使ってみました。

以前は、仮想マシンを設定して、と面倒だったのですが、ストアアプリでWSLのubuntuが使えるようになったことで、非常に楽にRStudio serverがwindowsで使えました。

七味唐辛子と一口に言っても2014/05/11 17:39

我が家では、現在、3種類の七味唐辛子を常備している。
一つは、長野「八幡屋礒五郎」。ここは、浅草「やげん堀・中島商店」、 清水「七味家本舗」とならんで、《 日本三大七味 》と言われるだけあって、もう有名すぎて今更説明も必要ないだろう。元文元年(1736年)創業の老舗である。
ちなみに原材料は、唐辛子、陳皮、胡麻、麻種、紫蘇、山椒、生姜の七つ。
その上品な辛さは、薬味として文句のつけようがない。
次が、祇園「原了郭」の「黒七味」。
こちらはは商業は元禄16年(1703)。創業者は赤穂義士の一人・原惣右衛門の一子・原儀左衛門道喜である。
「黒七味」の特徴はなんと言ってもそのこうばしい香りにある。だから、この香りを消すような料理とは相性が良くないだろう。
原材料は、白ごま、唐辛子、山椒、青のり、けしの実、黒ごま、おの実(麻の実)である。 最後の一つは、富岡「吉田屋」。創業は明治29年(1896)。
ここの特徴は、七味の少なさ。原材料は、胡麻、青のり、唐辛子、陳皮、麻の実、山椒、紫蘇、と、「原了郭」よりも、唐辛子の順位が低い。
そのため、「吉田屋」の七味唐辛子は、あまり辛くなく、胡麻の香りが際立っている。
だから、こんな食べ方もできる。



なんと、ふりかけとして用いることが出来るのだ。こんな七味唐辛子はそうそうはない。

実は、今は切らしているが、もう一つ、使っていた七味唐辛子がある。
地元の堺「やまつ辻田」の七味唐辛子だ。創業は明治36年(1903)年。
原材料は唐辛子、金ごま、黒ごま、山椒、青のり、けしの実、しそ。普通の七味とは別に「柚子七味」も名物である。

 

どうしてこうなった? 江戸の作画崩壊か、はたまたゆるキャラか2014/05/09 14:02



 ここ数日話題の画像があります。これです。


 問題になっているのは、左下の「鱟魚 カブトガニ」です。
 同ページの貝の絵に比べてあまりにも単純化された《ゆるきゃら》っぷりが注目されたのだと思います。
 調べてみますと、これは、『養生訓』で有名な貝原益軒の『大和本草』(1709年)の附属巻の一葉で、国立科学博物館で開催中の「医は仁術展」で展示されているものを、誰かがSNSで共有したもののようです。原本は国立国会図書館の電子ライブラリーで見られます。

 画像中にも書かれているように、ちゃんとした説明は、本書『大和本草』巻十四に詳細に記述されています。

色んなところのコメントをみると、「手に入らなかったのだろう」とありますが、おそらくその可能性が高いだろうと私も思います。
 おそらく絵師は、形状の説明に従って書いたのだろうと思われます。
 しかし、よくよく考えてみると、もう少しきちんと書けたはずなのです。
 というのも、『大和本草』に先行する、中村惕斎(なかむらてきさい)の『訓蒙図彙』(1666年)には、かなり写実的な絵が載っています。

 また、『大和本草』直後に成立した寺島良安の大著というか本朝博物学の到達点『和漢三才図会』(1712年)は、『訓蒙図彙』の絵を引き継いでいます。


 ということは、当時はこうした正確なイメージがあったはずです。当時の一流の学者である貝原益軒ともあろうものが、それを知らなかったはずはないと考えられるので、どうしてこうなったのか実に不思議です。
 ちなみに、全ての大本とも言える、明・李時珍『本草綱目』(1596年)はこれです。


 え?どれ? って感じですが、左ページのがそうです。
 ですから、それに比べれば、まだ特徴を捉えていると言えるでしょう。だって、『大和本草』の絵を見て、実物を見た人は、カブトガニだと同定できるからです。
 何にしましても、あえてあの頁を選んだ学芸員は偉い。
copyright:嶋泉心足齋